「ニーベルングの指輪」管弦楽曲抜粋盤を聴く

その4:シカゴ響、デトロイト響編

その1:ウィーンフィル編 その2 ベルリンフィル編 その3:クリーブランド管編
その5:コンセルトヘボウ管編 その6:シュターツカペレ・ドレスデン編

ホームページ WHAT'S NEW? CD試聴記


 
CDジャケット

ワーグナー
「ニーベルングの指輪」抜粋
バレンボイム指揮シカゴ響
録音:1991年10月
ERATO(国内盤 WPCS-10253)

収録曲

  • ワルキューレの騎行
  • 森のさざめき
  • 夜明けとジークフリートのラインの旅
  • ジークフリートの死と葬送
  • ブリュンヒルデの結びの歌(ブリュンヒルデの自己犠牲、ソプラノ:デボラ・ポラスキ)

 バレンボイムは天才らしい。その証拠に?彼はピアニストとしても指揮者としても十分な地位を築いた。特に近年における指揮者としての活躍はめざましい。オペラ指揮者としての辣腕ぶりは有名である。ベルリン国立歌劇場は、バレンボイムの力によってかつての栄光を完全に取り戻したような気がする。一方、コンサート指揮者としては世界最強オケ、シカゴ響の音楽監督として君臨しているわけだから、事実上、位人臣を極めたと言っても過言ではない。

 しかし、そうした才人に対しては評価が厳しくなる。バレンボイムのワーグナーには、「さまよえるオランダ人序曲」、「タンホイザー序曲」、「ニュールンベルクのマイスタージンガー序曲」などを収録したCDがある(TELDEC 4509-99595-2,1992-94年録音)。が、私は感心しなかった。何度聴いてもつまらなかった。ワーグナーを初めて耳にする人であれば、問題なく楽しめると思うが、様々な演奏を聴いた後でバレンボイム盤を聴くと、演奏が端正すぎて面白味に欠けるのである。バレンボイムが本当の天才であるとすれば、単によくまとまっているだけでは私は納得できない。ましてや、シカゴ響というスーパー技能集団を統率しているのなら、よけい納得できない。これだけの豪華な組み合わせが実現したのであれば、もっとすごいことをやってもらわないと、期待度が高くなっているだけに容易なことでは満足できないのである。やはり独自のワーグナーを聴かせてほしい。ちょっとバレンボイムには気の毒なことだが、最高の地位に登り詰めたからには、そうした過剰な期待にも応えてほしいと思う(全く身勝手な音楽ファンですな)。

 私はその序曲集に満足できなかったので、「バレンボイムはもうここまでか」などと勝手に結論づけていたが、そのスタジオ録音の数年前にライブ録音されたこのCDはとても面白い。レーベルもジャケットも地味なCDなので最近まで存在さえ気がつかなかった。このCDでは、スタジオ録音では窺い知ることもできなかったようなダイナミックな表現が目白押しで、会場は興奮の渦に包まれたに違いない。例えば、「ワルキューレの騎行」。重量感がすごい。バレンボイムは後半に大きな山を持ってきて、しかもテンポをぐっと落としているのだが、シカゴ響の面々はここで全開し、圧倒的な迫力を見せる。かつてのレコ芸用語だが、まさに「デモーニッシュ」(悪魔的)。おそらく当日のプログラムはCDの収録のとおりで、冒頭にはこの曲が置かれていたのだと思うが、聴衆はシカゴ響とバレンボイムの組み合わせに驚喜したに違いない。

 では、静かな曲になるとつまらなくなるかといえば、さにあらず。次の「森のさざめき」も大変な聴きものだ。オケの技術が完璧なのはもちろん、詩情に満ち、とてもロマンチックだ。この演奏はセルとクリーブランド管の組み合わせと甲乙つけがたい。録音が良い分だけ、こちらに分があるかもしれない。

 さらに「神々の黄昏」からの抜粋曲に入ると、バレンボイムは興に乗ってきたのか、激情的な演奏をする。スタジオ録音に見られた端正さは影を潜め、劇的緊張に溢れている。というより、強調するところは徹底的に強調している。さすがオペラ指揮者だ。どうすれば劇的に盛り上がるかをよく知っているバレンボイムは、シカゴ響の類い希な演奏能力を用い、やりたい放題。「葬送行進曲」では聴いていて恥ずかしくなるほど大げさな音の引きずり方をしたり、特大の最強音を見舞ってくれたり、聴衆に大サービスをしている。CDで聴いていると赤面しそうな極端なアプローチが多いのだが、会場では絶大な効果を生んだであろう。コンサートに行く人は音楽や、音響を楽しみにしているのであるから、このくらい盛大にやってくれないと駄目だ。逆に臆面もなくデモーニッシュな演奏に徹することができるバレンボイムだからこそ、シカゴで音楽監督の地位を維持できるのかもしれない。

 声楽が入る「ブリュンヒルデの自己犠牲」も実にダイナミックな演奏だし、よく考えられたプログラムと演奏だと私は思う。CDの音質も非常に良く、シカゴ響のサウンドも堪能できる。しかも、CDにはオケのメンバー表までついているから、ファンにとっては興味が尽きない。これなら大推薦のCDであろう。

 それにしてもライブ録音でこんな高度な演奏をして良いものか? シカゴ響に空恐ろしいものを感じるのは私だけではあるまい。

 

番外編 デトロイト響

CDジャケット

ワーグナー
「さまよえるオランダ人」序曲
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」組曲
「ヴォータンの告別と魔の炎の音楽」
「リエンツィ」序曲
録音:1960年2月
「夜明けとジークフリートのラインへの旅」
「ジークフリート牧歌」
「トリスタンとイゾルデ」第3幕への前奏曲
録音:1956年3月
ポール・パレー指揮デトロイト響
MERCURY(国内盤 PHCP-10391)

 デトロイト響は、いわゆる名門オケではないだろうが、気まぐれに取りあげてみた。が、他のメジャーオーケストラをさしおいてデトロイト響を扱うのには訳がある。このCDは、フランスの指揮者がアメリカのオケを指揮し、ドイツの音楽を奏でているのだが、本当にワーグナーらしい雰囲気を楽しめる。「フランスの指揮者だからワーグナーはちょっと...」などと先入観は無用である。オケの音は分厚く、重心が低く、それこそ「ドイツ」を感じさせる。同じアメリカのオケでもセルのように風土性を感じさせない演奏スタイルがあることを考えると、意外でもある。

 このCDは大変盛り沢山で、「リング」関連の曲だけでなく他のオペラの序曲、前奏曲も収録している。その全てが名演奏といってよく、国内盤の価格(1,500円)を考慮すると、本当にお買い得である。「リング」からはわずか2曲しか収録されていないが、いずれも堂々たる貫禄。もしかしたら、ドイツのオケより貫禄ある重厚な演奏かもしれない。「ヴォータンの告別」など、いきなり怒濤の如く開始されるので呆気にとられる聴き手もおられるだろう。序曲、前奏曲の演奏も冴えていて、「オランダ人」など荒々しいほどダイナミックだし、「リエンツィ」ではゾクゾクとするほどの盛り上がりを作ってくれる。デトロイト響はパレーのもとで黄金時代を築いたというが、この演奏はパレーの代表的なドイツもの演奏として記憶されていいだろう。

 さて、以前も書いたことがあるが、MERCURYのLIVING PRESENCEシリーズは私のお気に入りで、臨場感溢れるすばらしいステレオ録音である。アナログの録音技術は1950年代に完成の域に達していたようだ。ブラインド・テストで「オランダ人」序曲を聴いて、録音年を当てられる人はよほどのマニアであろう。

 なお、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」組曲は誤植ではない。「前奏曲」ではなく、「組曲」である。これは第3幕への前奏曲、徒弟たちの踊り、マイスタージンガーの入場をつなぎ合わせた組曲である。どうして第1幕への前奏曲そのものを録音してくれなかったのか疑問であるが、こうした組曲でワーグナーを聴くのもまた一興であろう。

 

2000年5月17日、An die MusikクラシックCD試聴記