シュターツカペレ・ドレスデン来日公演2004

5月21日(金) サントリーホール
文:フェランドさん

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■ 演目

2004年来日公演プログラム

ハイティンク指揮シュターツカペレ・ドレスデン
コンサートマスター:マティアス・ヴォロング

ブルックナー:交響曲第8番ハ短調

 

■ ブルックナー交響曲第8番 不思議な体験、圧倒的な感銘

 

 不思議な体験でした。指揮者、演奏者の個性よりも、ただ音楽があるような。しかし、逆説的ですが、これほどハイティンクらしい、これほどドレスデンらしい演奏もなかった。私は拍手を送りながら、大変に幸せでした。

 

■ 松本さんのレビューに同感します

 

 私の受けた印象をどう表現したものか、と思っておりましたが、松本さんのレビューに接し、大変感銘を受けました。

    1. 絶対音楽として捉え、宗教的な志向も排除する演奏スタイル
    2. 絶対音楽ではあるが、個人の宗教心の吐露なくしては成り立たない演奏スタイル

という分類の仕方、ハイティンク=カペレが「2.」であった、という指摘など、全くそのとおりだと思います。

 なお私にとって究極の指揮者であったヴァントは、「1.」のスタイルと思われがちですが、実は「2.」の志向を持っていました。最晩年のインタビューで、「分からない人には誤解されるだけですが」と留保をつけながら、ブルックナー演奏については、はっきりと「神」「宇宙」に言及しており、私は大変に納得する思いが致しました。ヴァントは「1.」を方法論として用いて、「2.」であろうとした指揮者であったか、と思います。

 

ドレスデンの演奏技法についてのメモ

 

 当夜の演奏についての私の印象は、以上で充分なように思います。むしろ、、演奏技法について、気づいたことをメモしておきたく思います。ドレスデンの演奏技法について、5月22日公演に関する稲庭さんのレビューは大変に的確であると思いますので、これを補足する観点から。

 

1 タテの線、音程など

 

 私は、タテの線がデジタルに合うことには、余り意味がないと思っています。ドレスデンは、フレージングで合わせるオーケストラであり、タテの線の合い方についての「ストライクゾーン」の感覚が、今日のデジタルなそれとは異なるでしょう。

 音程については、常に合っているほうが良いことは勿論です。この点で、ドレスデンは、基本的には美しい音程のオーケストラですが、時に「失敗したかな?」という瞬間も、たしかにあります(愛好者としては言わぬが花、でしたが、稲庭さんのご指摘を受けてしまいましたので苦笑しつつ)。この点については、答えになるかどうか分かりませんが、以前、どこかのオーケストラのオーボエ奏者(忘れてしまいました。ベルリンだったか?)が以下のようなことを書いていました

 「チューニングのとき、何に気を使うと思いますか?勿論音程だと思うでしょう?違います。音色です。最高のリードで、最高の音色でAを吹けば、少々音程が違っていても、コンマスは絶対文句を言わないものです」。

 タテの線についても、音程についても、ドレスデンは独特のストライクゾーンを持っている。彼らのストライクゾーンは、「デジタルに合うこと」ではなく「良い響きがすること」である、私はそのように理解しています。稲庭さんが「ずらし」と仰るのは、至言だと思いました。

 

2 内声部の充実

 

 これも稲庭さんが書いていることですが、あらためて内声部の充実に感銘を受けました。第2ヴァイオリン、ヴィオラ、管楽器の2番奏者達。言うまでもなく、ドイツ音楽の和声はピラミッド型であり、しっかりした低音の土台の上に、内声があり、最後に一番上に旋律線が乗っている。ドイツで2番トロンボーン奏者として活躍した日本人が、「一番奏者が目立つよう遠慮していたら、もっともっと大きく吹け、さもないと俺も出せない、と言われた」と書いていた記憶があります。

 ドレスデンは、正にピラミッド型の音量バランスで、伴奏のパートが非常に良く鳴っている。たとえばトランペットの1番よりも2番のほうが大きく鳴らすような場面が多々あります。これゆえ、オーケストラ全体としては豊かに鳴り響き、独特の質量感が出てくると思いました。

 

3 圧倒的なティンパニ

 

 ティンパニストは、かつての名手ゾンダーマンの弟子。素晴らしい名手ですね。弱音の美しさ、強打しても絶対に濁らず、明瞭な音程を維持できること。

 特に印象的だったのは、4楽章前半、オーケストラの全奏による、進軍のような大音量のコラールの部分。ここで、ティンパニは B―F(5度下の)―B―F(5度上の)を鳴らし続けます。

 ドレスデンのティンパニ奏者は、実に豊かに楽器を鳴らしました。猛烈にクレッシェンドし、遂に最後の数小節では、4台のティンパニのうち、左手の2台を同じ音(高い方のF)に調律して、両手で同時に打ち鳴らす!

B(左手で、右から2番目の楽器を)
F(右手で、一番右の楽器を)
B(左手で、右から2番目の楽器を)
F(両手で、右から3番目の楽器と、4番目=一番左の楽器を同時に!)

という奏法です。同時に2台のティンパニを用いる効果は圧倒的で、信じられないほど大きな音でした。しかも、全く濁らない。カペレのCDでは、時に、びっくりするほどティンパニが目立っているものがあります(ブロムシュテットのベートーベン交響曲第7番スウィトナーの「春の祭典」など、伊東さんもご指摘なさっています。実に楽しいです)あれは「録音の魔法」ではなく、カペレの個性であることを再認識しました。

 

4 響き

 

 壮麗で、大きな、しかし柔らかい響き。あの響きに実演で接した者は、もう「いぶし銀」という妙な日本語は使わないのではないでしょうか?ワーグナーが「黄金の竪琴」と言ったのは、正しかった。

 かつて、カペレが若杉指揮で来日したとき(モーツァルト交響曲第29番、マーラー交響曲第4番のプログラムと思いました)アンコールで「ワーグナー・ローエングリン第3幕への前奏曲」がありました。あまりにも大きな音がして、私は驚きました。ハイティンク=ドレスデンのサントリー公演の響きに接し、あのローエングリンを思い出しました。 

 

(2004年5月25日、An die MusikクラシックCD試聴記)