マーラー 君に捧げるアダージョ

浦和で今週のみ『マーラー 君に捧げるアダージョ』が上映されると知って、慌てて映画館に駆け込みました。

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アルマはツェムリンスキー、クリムト、グロピウス、ココシュカ、そしてマーラーを虜にした魅力的な女性ででした。今残っている写真を見ても相当な美人であったことが想像されます。しかし、私は有名人ハンターであるアルマが好きではありません。彼女の奔放な男性遍歴を知れば知るほど共感を持てなくなります。

映画は、マーラーが精神分析医のフロイトに治療をしてもらう場面から始まります。マーラーはアルマのあからさまな不倫に悩んでいます。そのような経験を持たない私はそれだけでも幸せだと思うのですが、当のマーラーにしてみれば地獄の日々だったでしょう。

この映画を観るまで、私はアルマの不貞がマーラーに苦悩をもたらしたのであって、アルマこそ悪であると認識していたのですが、映画ではそのような図式を取っていません。フロイトは、マーラーからアルマの不倫を聞かされても、マーラーに対し、「君に罪がある」と言い放ちます。その場面は大変印象的です。映画の中のマーラーも「何で私に罪があるというのか」と当然のように逆上します。

しかし、フロイトは正しかった。アルマはマーラーに作曲を禁じられていたり、子どもとマーラーの間が強く結びつきすぎていて、アルマがその中に入り込めなかったりするなど精神的に抑圧されていたのです。それに、マーラーは多忙すぎることと年齢差があるためにアルマと夜の生活をしていません。その点をフロイトはフロイトらしく突いてきますが、マーラーはその意味が皆目分かっていません。要するに、マーラーはアルマに幸福を与えてやっていると思い込んでいるものの、アルマはそう受け取っていないばかりか、苦痛を感じていたのです。マーラーは無意識のうちにアルマを追い込んでいたのですね。

そこまで理解できると、いかにもありがちな夫婦のドラマになってきます。妻の心の深いところに根を張った不満は、容易には除去できません。長い時間をかけて作られた不満ですから、夫が自分の非を悟ったところでもはや取り返しがつかないのです。残るのは破局しかありません。2人ともこれでよく離婚しなかったものだと感心します。マーラーは死ぬまで彼女と離婚することなく、彼女への愛を貫きます。

映画では全編にマーラーの交響曲第10番のアダージョが流れています。実に重苦しく、悲痛であります。破局の原因が分かっても何一つ解決されないまま、マーラーは心臓病で死んでしまいます。そのとき、マーラーは今の私よりも若かったのです。暗くて、陰鬱な気分が充満している作品でしたが、苦難の中で自分の人生を全うしたマーラーには少なからぬ共感を覚えました。

(2015年2月22日)