CD欠乏状態になって、図書館でCDを借りてくるようになった私がよほど哀れに見えたのか、先日友人がCD持参で我が新居に遊びに来てくれました。そのCDの中には下記のベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲がありました。
ベートーヴェン
ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61
ヴァイオリン:ヴォルフガング・シュナイダーハン
オイゲン・ヨッフム指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1959年4月29-30日、ベルリン、イエス・キリスト教会
DG(タワーレコード 国内盤 PROC-1444)
カップリング曲
ヨハン・セバスチャン・バッハ
無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第2番 ニ短調 BWV1004
ヴァイオリン:ヴォルフガング・シュナイダーハン
録音:1955年1月12-15日、ウィーン、コンツェルトハウス、モーツァルトザール
このヴァイオリン協奏曲はLPでは大変なレアものだといいます。また、1959年録音なのにLPにはモノラルしかないのだとか。LP制作時に何か事故でもあったらしいのです。DGもわざわざステレオの時代にモノラル録音盤を残すわけにはいかなかったのか、全く同じ組み合わせで1962年に再録音をします。そちらはもちろんステレオでリリースされました。
奇妙なのは、タワーレコードから発売されたこのCDがステレオだということです。どこからステレオ音源が出てきたのでしょう? 何か事故でもあってステレオのテープが失われていたのではなかったのですかと好事家から疑問の声が聞こえてきそうです。もう時効でしょうから、何があったのか関係者が証言しても良さそうですね。
そうしたことは考古学に興味がある方々にお任せして私は演奏を楽しむことにします。
友人が貸してくれたこのベートーヴェンは、質実剛健の極みでした。タワーレコードの解説には、シュナイダーハンの演奏がロマンティックだと書いてありますが、ヨッフム指揮ベルリン・フィルは大変な硬派です。にこりともしません。完全に仏頂面のベートーヴェンであります。私にはシュナイダーハンのヴァイオリンもあまりロマンティックには聞こえません。そんなことを考えながらCDを聴いていると、突然妙な音楽が始まりました。第1楽章のカデンツァです。かなり斬新であります。ヴァイオリンとティンパニが掛け合いをやったりしています。しかもなかなか長大で、延々と楽しませてくれるではないですか。今までずっと仏頂面のベートーヴェンだと思っていたのですが、ここに来て様相は一転し、大娯楽作品に変貌です。このカデンツァがベートーヴェンの曲風に合っているかどうかは若干疑問もあるのですが、聴き手の度肝を抜く演奏という意味では実に立派です。カデンツァを弾くならこのくらいのことはやってほしいものです。
このカデンツァはシュナイダーハンが、ベートーヴェン自身がヴァイオリン協奏曲をピアノ協奏曲として編曲した際に作ったカデンツァを元に作り直したものらしいです。なるほど、そうなるとかなり由緒正しいカデンツァだということになりますね。しかし、別に由緒正しくなくてもいいのです。演奏家が自作の面白いカデンツァを聴かせてくれるのならば。私が協奏曲録音を聴いていて常々不満に思うことは、カデンツァが演奏家の自作でない場合が殆どだということです。せっかく作曲者が演奏者にカデンツァを委ねているのですから、演奏者毎に違ったカデンツァがあって然るべきです。ところが、そんなことをする演奏家は今時あまりいません。私は以前An die Musikで、アンドラーシュ・シフが弾いたカデンツァについて書いたことがありましたが、それが珍しかったからです。クラシック音楽は伝統芸能だから仕方がないとしても、やはり死んだ音楽なのだとあきらめの気持ちが私にはあります。だから、私はこういう演奏を聴くと無性に嬉しいです。私にとっては久々に聴く大ヒットCDでした。
このCDを貸してくれた友人には深く感謝します。また楽しいCDを持ってきてくれることを期待します。自分で買いなさいと言われそうですが。
(2015年6月25日)