ブルックナー演奏に思うこと

前回、レーグナー指揮のブルックナー/交響曲第5番のCDを借りた際、もう1枚同じ曲のCDを借りていた。クナ盤である。世に名高いシャルク改訂版による録音である。

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ブルックナー
交響曲第5番 変ロ長調(改訂版)
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1956年6月
DECCA(国内盤 KICC 8424)

レーグナーの真面目な演奏を聴いた後だと、クナ盤にはたじろぐ。というより、真面目に聴いていられない。私は25年ぶりくらいにこのCDを聴いたが、久々に耳にするシャルク改訂版は途方もない編曲だった。これはブルックナーの曲なのか?

交響曲第5番はブルックナーとしても会心の作品だった。この作曲家につきものの迷いがない。紛う方なき名曲であり、傑作である。そうした曲には名演奏も現れる。例えば、ヨッフム指揮コンセルトヘボウ管によるライブ録音(1964年3月、オットーボイレン修道院、PHILIPS)だ。神々しい演奏である。ヨッフム盤を聴くと、何か現実を超越したものを感じる。しかし、クナの演奏には神々しさはない。これは断言しよう。シャルク改訂版では金管楽器による旋律線を弦楽器で浮き立たせたり、派手にシンバルを投入したりと驚きを禁じ得ない。神々しさがない代わりに庶民の日常生活感が伝わってくるような音楽になっている。それも一興ではある。

この演奏を、2015年に生きるクラシックマニアが聴くから驚くのである。クナがウィーン・フィルを従えて堂々と演奏している1956年当時はどうだったのだろう。シャルク改訂版のアイディアに聴衆は大喜びしたのではないだろうか。クナも、自分が使っている版がどのようなものかを知った上で演奏し、録音したはずである。つまり、クナにとっては原典版よりシャルク改訂版が現実的な選択肢だったのである。

こうした演奏を聴くと、ブルックナーは往年の指揮者たちに大作曲家として認められていなかったのではないかと思わざるを得ない。今回はたまたまクナの交響曲第5番を聴いたからこの演奏が俎上にのぼったわけだが、往年の大指揮者たちが必ずしもブルックナーに大作曲家としての敬意を払っているようには感じられないことがある。ブルックナーの交響曲には霊感に満ちた部分が少なくないが、時として、霊感を感じられない演奏を耳にする。あえて例を挙げるが、ワルターのブルックナーがそうだ。モーツァルトではどのオーケストラを指揮しても比類のない演奏をしてきたワルターも、ブルックナーはそうではなかった。アメリカのオーケストラだからブルックナーを表現しきれなかったのではないかと私は常々考えていたのだが、どうもそうではないのだ。ウィーン・フィルを指揮した演奏を聴いてもなお作曲家への特別な愛情は感じられなかった。ワルターと並ぶマーラー門下のクレンペラーに至っては、交響曲第8番の録音に際し、第4楽章の一部を大胆にもカットしている。これ以上作曲家に対する冷淡さを例証する事例はない。

往年の大指揮者たちに、ブルックナーは身近すぎたのだろうか。オーストリアの作曲家だから親近感はあったろう。しかし、親近感はあっても、心からの尊敬があったのかどうかは疑わしい。「面白い作曲家なんだ。でもね、ちょっと手を入れてあげた方が良くないかね」程度の認識だったかもしれない。

過去の大指揮者たちの後の世代のブルックナーはどうだろう。これは名盤が目白押しだ。名演奏かどうかとは至極主観的な印象で決まるのだから、あまり決めつけるわけにはいかないが、それでもブルックナー演奏ばかりは、1960年代以降からが本当に良い演奏と録音が生まれた時代だ。ちょうどその頃から、指揮者たちがブルックナーという作曲家とある程度時間を置いて接し、真に尊敬の念を持つようになったからではないかと私は考えている。

(2015年11月3日)

ブルックナー演奏に思うこと」への2件のフィードバック

  1. レーグナーのブルックナーは彼が読売日響の常任をやっているときによく聴きに行きました。もちろん第5番も聴きましたが、ベルリン放送響との録音と少し違う印象でした。音にもっと芯があるといいますか。とくに非常に快速なテンポの第4楽章でそのことを強く感じたことを思い出しました。Deutsche Schallplattenの録音が少し柔らかすぎるのかもしれませんね。あの頃の私のとっては、コンサートで聴くレーグナーと朝比奈のブルックナー演奏で、この作曲家の魅力を十二分に理解した貴重な体験でした。

  2. 確かにそんな時代がありましたね。朝比奈の名前も懐かしいです。レーグナーも朝比奈も作曲家ブルックナーに敬意を持っていることが分かる指揮者でしたね。今思い起こすと日本のクラシックファンは幸せな時代を過ごしていたのかもしれません。

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