カラヤン指揮シュターツカペレ・ドレスデンの「マイスタージンガー」を聴きたくなったので、図書館のCDを検索してみた。ところが、それがない。他のCDがなくても、カラヤン=ドレスデン盤だけはあるだろうと疑わなかった私はひどく落胆した。しかし、「マイスタージンガー」はどうしても聴きたかったので、代替品としてヨッフム指揮ベルリン・ドイツ・オペラ盤を借りてきた。
そして、私はすっかりこの演奏に陶酔してしまった。
ワーグナー
楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』全3幕
- ハンス・ザックス:ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ
- ジクストゥス・ベックメッサー:ローラント・ヘルマン
- ヴァルター・フォン・シュトルツィング:プラシド・ドミンゴ
- エヴァ:カタリーナ・リゲンツァ
オイゲン・ヨッフム指揮ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団、合唱団、ほか
録音:1976年3-4月、ベルリン、イエス・キリスト教会
DG(国内盤 UCCG-4557/60)
フィッシャー=ディースカウは何を歌ってもフィッシャー=ディースカウだ。うまいことは認めるが、どこかの大学の先生が歌っていますという雰囲気がするので私は時にこの大歌手を敬遠したくなる。ところがどうだ、このザックスは。インテリ臭は残るものの圧倒的な貫禄ではないか。全曲をフィッシャー=ディースカウが睥睨している。これこそ本物のマイスターだ。この録音ではヴァルターをドミンゴが歌っているのも特色で、雰囲気抜群だ。
しかし、このディスクの本当の主役はヨッフムだ。爆発的な演奏ではないが、じわりじわりと盛り上がってくる。声楽陣も美しさが追求されていて、私は純粋にその美しさに打たれるのだが、どうやらそれだけではなさそうだ。この演奏にはひたひたと迫る高揚感があるのだ。それも、大変な高揚感だ。特に第3幕は陶酔を避けられない。これはヨッフムが並々ならぬ力で伴奏をつけているからだ。録音当時ヨッフムは74歳。十分にお年を召されている。しかし、ヨッフムの音楽はこの頃絶頂期でもあるのだ。この美しくも、興奮を呼ばずにはいない演奏はヨッフムの指揮によって作られているのだ。
私はクラシック音楽を聴き続けていて良かったと心から思った。CDを陶酔するほどのめり込んで聴いたのは久しぶりだった。そのように音楽を聴けること自体が私は嬉しい。離婚と転居が決まり、CDも、本も処分した時、私はオーディオ機器もいっそのこと処分し、クラシック音楽を聴くという趣味も捨てて人生をやり直そうと思っていたのだ。しかし、オーディオ機器を処分しなくて良かったのだ。音楽をこのように楽しんで聴けるのだから。音楽は私の人生の友であり、糧であり、慰めである。私はそれを再確認できて嬉しい。図書館のCDがこれほどの幸福を与えてくれるとは夢にも思わなかった。
(2015年8月22日)
前回の「映像の力」の投稿で「お題」と書きましたが、私にとっては全くその通りで、伊東さんのブログの文章に刺激されて記憶が呼び覚まされるのです。
今回も読んでいて、ベームが指揮したオペラのことを思い出していました。以前、ベームが指揮したモーツァルトのオペラを色々聴いていた時期があったのですが、ある日、レーザーディスクでベルイマンの「魔笛」の映画を見たのです。この「魔笛」は馬鹿話みたいな演出が多い中、きちんとした愛の物語になっていて、感心しました。それ以来、「ベームの演奏+ベルイマンの映画の映像」なら最高なのになあと思っていたのですが、ある日、ベームの演奏を聴きながら映画の映像を思い浮かべてみたところ、これが最高で、今まで以上に素敵に響いたのです。
前回の「映像の力」に関連しますが、オペラこそは、映像と一緒に観ると、また、ひと味違うのではないでしょうか。
ただ、最近では、トンデモ演出で、落ち着いて観ていられないものも多々あるので要注意ですが・・・・・・
オペラはもともと劇場で観るべきものだと私は思っています。どうしたってあの雰囲気は音源だけからでは伝わりませんものね。せめて映像がついたものがあれば雰囲気が少しは伝わると思います。クライバーがウィーンで「カルメン」を指揮した映像を見ていると本当に楽しい。映像の力は大きいですね。
ですが、私は劇場にいても演出が気になって、音楽に集中できなかったことが何度もあります。それは演出家にとっては注目を浴びたという意味で成功なのかもしれませんが、来場者が音楽を楽しめないほどの演出は困りものだと思います。だから、音楽だけに集中できるディスクを聴くのも私は嫌いではありません。使い分けできるというのが良いですね。