ガリヴァー旅行記

『ガリヴァー旅行記』(上・下)

1726年作品
ジョナサン・スウィフト著
坂井晴彦訳
福音館書店 福音館文庫

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今から300年も前に出版された傑作。ただし、児童文学とはとても思えません。巷に溢れる抄訳版なら小学生でも読めますし、それを児童文学と呼ぶこともできます。しかし、ガリヴァーの見聞を大まかに示しただけの抄訳版はこの長大な作品の魅力の100分の1も伝えていません。抄訳版でも十分に面白いので決してそれを決して否定はしませんが、それでは『ガリヴァー旅行記』の読んだことにはならないのです。

福音館書店の古典童話シリーズ26及び上記福音館文庫版はほぼ完訳です。ほぼ、というところが微妙なのですが、この作品のおよそ全貌を知ることができます。

誰もが知っているとおり、ガリバーは小人国では自分が巨人となり、大人国では自分が小人になってしまいます。福音館文庫ではここまでが上巻です。小学生が読むには難しいでしょう。小人国、大人国をスウィフトが懇切丁寧に紹介しているために、かなり読書力のある生徒でも説明文を延々と読まされるような気分になり、うんざりするでしょう。また、300年前には周知のものだった世界の歴史的事実や分かりにくい度量衡に悩まされること間違いありません。上巻の半ばで投げ出してしまう可能性大です。

しかし、スウィフトの筆は後半に入るとますます冴え渡ってきます。同時代の制度。人間に対する風刺・批判は辛辣を極めるのです。物語中のユーモアに隠れていますがその舌鋒は鋭く、攻撃的であります。これが当時から話題にならなかったはずはありません。スウィフトが名前を伏せて出版したのも当然でしょう。

下巻には天空に浮かぶ国ラピュータが登場します。ジブリアニメの「ラピュタ」はここから取られています。ガリヴァーはそこから江戸時代の日本にも行くのです。その後ガリヴァーは、馬が支配する国に漂着し、そこで馬を主人として使えることになります。ガリヴァーはその主人を尊敬しながら使えるのです。一方、その国には人間そっくりのヤフーが住んでいます。そして、ヤフーはこの世で最も下劣で醜い生きものとして描かれているのです。スウィフトの筆の勢いは止まることなく、ありとあらゆる表現を使いヤフー、すなわち人間を罵倒します。まさしくブラックユーモアです。

この作品を抄訳で、冒険ものとして読むなら各種の本が出回っているのでそれを楽しめばよいでしょう。小学校の低学年から高学年に至るまで、生徒の学年に応じた版があるはずです。しかし、中学生になったら、福音館の完訳に近い版をぜひ読んでもらいたいと思います。中学生でも読み切るには根気が要るでしょうが、読後には何かしら得るものがあるでしょう。

(2015年3月4日)