『童話物語』
1999年作品
向山貴彦著
幻冬舎
本作品は日本発の傑作ファンタジーです。ハードカバーの初版本は540ページの大著で、しかも、2段組です。原稿用紙1,287枚を要したとか。タイトルを見て、楽しく平易な物語だろうと想像して読み始めるとどうもそうではないことがしばらくすると分かります。また、1ページの密度が高いのでさらさらと読み進めるわけにはいきません。ある程度読書力があり、根気を持って読める中学生以上にお薦めです。小学生でも読めるでしょうが、これを読んで内容を理解し、楽しめるなら相当の読書力の持ち主でしょう。ハードカバー版は絶版になっているようですが、幻冬舎文庫から2分冊で出ています(上掲の画像)。
少女ペチカが生きる架空の世界クローシャには伝説がありました。それは世界における人間の由来を示すものでした。それによると、人間は永遠の命を持つ妖精から別れてできたものでした。月の神は羽根のない妖精である人間に、今まで見たこともない光があることを知り、人間の存在を許します。人間は妖精のような永遠の命がない代わりに子孫に命をつないでゆけるようになりました。しかし、それには条件がありました。人間がその光を失った時、月の神は天から無数の妖精を遣わし、金色の雨を降らせて人間を消滅させるというのです。その日を人間は「妖精の日」と呼びました。果たして、人間は月の神が見た光を失わずにいられるのでしょうか。もし、その光が失われたら、本当に人間は天使によって消滅させられるのでしょうか。
主人公ペチカは薄幸の少女です。親をなくした後は教会に引き取られ、そこで教会守(もり)の仕事をしながらみじめな生活をしています。教会ではペチカを人間扱いしようともしない守頭(もりがしら)に徹底的に虐待されています。教会守を一緒にしている子どもたちからもひどいいじめを受けており、ペチカは年若くしてこの世の地獄を味わっています。そのペチカはある日、妖精フィッツに出会います。フィッツに出会った後もペチカの生活が良くなるわけでもなく、逆に村にいられなくなるような窮状に陥ります。守頭はじめ、村人は無実の罪を着せられたペチカを追い回し、殺そうとします。この物語はこの世に神はいないのか、正義はないのかという絶望感を読者に味わわせます。
ペチカを虐待し続けた守頭は、物語中ずっとペチカを殺そうと付け狙います。その一方、教会守の仲間で、ペチカをいじめていた少年ルージャンは、自分の非を悟り、彼女に詫びをしたい一心でペチカを追う旅に出ます。物語の終盤になると、人間の心の中にある悪によってこの世に暴力が蔓延します。すると、童話の中で聞いていただけの「妖精の日」がはじまるのです。何と、金色の雨が降ってくるのです。
上記が『童話物語』のあらすじですが、穿った見方をすればペチカを追い回す極悪な守頭は『レ・ミゼラブル』に出てくるジャベールの執拗さとテナルディエの悪を足したような設定であり、人間がある日突然消滅の危機にさらされる点で「妖精の日」は『エヴァンゲリオン』に描かれる「人類補完計画」を彷彿とさせます。ペチカをめぐる環境は絶望的で、後半にわずかな光明を見いだしてくるのですが、これでは人間に光を見いだすことなどできないと月の神に判断されても致し方なさそうな描写が続きます。しかし、『エヴァンゲリオン』と違い、『童話物語』は幸福な最後が描かれています。それはどうやってもたらされるのでしょうか。・・・気になる方にはぜひ本作品を読んで頂きたいと思います。ただし、たっぷり時間を取って内容を味わいながら読んでくださいね。読後には大きなカタルシスが得られるはずです。
(2015年7月14日)