奥田英朗 『家日和』

奥田英朗の『家日和』(集英社文庫)を読む。

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短編集。6作が収録されている。どれもよくできた話ばかりだ。中でも「家においでよ」は半ば我が事が書かれているような気がした。

主人公の田辺は、ある日妻から離婚を宣告される。夫婦と言っても他人同士だから、気が合わなかったり、家財道具に対する趣味が合わなかったりすると夫婦生活を続けられないのだ。妻は田辺が出張中に自分の家財道具を持って高級マンションに引っ越してしまう。田辺はがらんとしたマンションで1人の生活を始める。

その先が面白い。彼は男の城を築き始めるのである。まず、カーテン、テーブル、ソファを買う。その後は今まで我慢してきたオーディオ機器、しかも、LPが聴ける高級機材を購入する。それでロックを聴くのだ。都合のいいことに彼が住んでいたマンションは防音が行き届いている。それに飽き足らず、彼はホームシアターまで完備させる。本棚は自分が好きな本や雑誌で埋め尽くす。こんな部屋があることを知った会社の同僚たちは田辺の部屋をたまり場にする。毎日が楽しくなる。若い頃には安物の音響機器でしか聴けなかったLPも、立派な装置で聴けば感動もひとしおだ。それに、黒澤明の『7人の侍』も大画面のホームシアターで見れば男どもを唸らせる。

田辺の家に集まる会社の同僚たちはそれぞれが家長であり、一国一城の主ではある。それでも自分の部屋など持ってはいないのだ。持てたところで、田辺のように好き放題はできない。だから、田辺の部屋は男のあこがれなのである。頻繁に通いたくなるのも無理はない。

この短編には意外な結末があった。家を出て行ったはずの田辺の妻が、ある日こっそりその部屋に入り、その変貌ぶりを目の当たりにして動揺するのである。自分がいなくなった後、田辺ががらんとした部屋で寂しい生活を送っていると思いきや、その逆だったのだ。そして、妻はその部屋に興味をもってしまうのである。最後には妻は男の元に帰ってくるのだ。

おいおい、そんなにうまくいくわけないだろうと私は思うのだが、1人の部屋でやっていることは私も田辺もあまり変わらない。私はもっと本格的に男の城を築かなければならないのだろうか。

(2015年9月21日)