筒井康隆の『家族八景』(新潮文庫)を読む。
人の心を読むことができる主人公の七瀬は18歳の若い身空なのに女中として住み込みで働いている。そんな人が女中として働いていれば、その家の家族模様が嫌でも完全に分かってしまう。「八景」というだけに8つの家族が描かれているが、どの家庭においてもほのぼのとした温かい愛が溢れているなどということはない。それどころか、どす黒い感情で夫は妻を妻は夫を、子は親を親は子を見ていることが明らかにされる。筒井康隆は人間の暗黒面を暴いていく。筒井康隆は売れる作品、刺激的でおもしろい作品を目指してこのように書いたのだろうが、それでもこの作品が家族の真実を表していることは否定できない。恐ろしい作品だ。
本作品は1972年に刊行されている。高度経済成長時代を反映してか、登場人物たちは男も女もギラギラしている。将来への不安を抱えた人物は登場してこない。その意味では誠に前向きなのであるが、多くの場合、その前向きさが自分の欲望の実現に向かっている。筒井康隆がもし現代を舞台にこの作品を書くとしたらどんな作品になるのであろうか。
(2015年7月29日)