筒井康隆 『愛のひだりがわ』

筒井康隆の『愛のひだりがわ』(新潮文庫)を読む。

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近未来の日本が舞台である。治安は著しく悪化しており、暴力、強盗、殺人が日常茶飯事になっている。主人公の愛は左手が動かない少女だ。愛の父親は失踪している。母親は愛を育てるために飲食店で働くが、そこで死亡する。すると、飲食店の店主は愛の母が持っていた現金をくすね、さらに愛をこきつかい、虐待する。ある日、愛は父親を捜す旅に出る。その道中、愛の左側には犬や様々な人がついて愛を助ける。『愛のひだりがわ』というタイトルはそこから来ている。愛は父親探しの旅の中で何度も辛酸をなめさせられ、次第に強くなってくる。愛は荒涼とした現実社会の中で強く生きるのだ。物語は当然、父親と感動の再会をしてハッピーエンドで終了するのかと思いきや、そうはいかなかった。なんと、愛は零落した父親を捨てるのである。

愛の父は家族がいるのに行方をくらませた男である。その後、人にも言えないような仕事をしたりしていたが、ギャンブルで身を完全に持ち崩す。借金取りに怯えながら身を隠して暮らしていたが、とうとう愛が働かされていた飲食店に引き籠もる。物語の最後に愛は父親とそこで再会するのだが、父から「一緒に暮らそう」と言われて、即座に拒否する。母子を事実上捨てた父、引き籠もるばかりで自力再生をしようともせず、美人になった愛を見て「金になるかも」などと最低の妄想を働かせる父に愛は何の同情も感じなかった。そして躊躇うことなく父を捨てるのである。安易な感動的再会よりも、この終わり方の方がよほどリアルだし、説得力がある。

作品中、愛は自分で自分を守ることを覚えていく。そして強くなっていくのだが、そのように自分の力で何かをやっていこうとしない限り、誰かが手をさしのべてくれるなどということはないのだ。人は自分でがんばらなければ、実の娘にすら捨てられるのだ。『愛のひだりがわ』はただの娯楽作品かもしれないが、安易な解決を示していない。

(2015年7月28日)