村山由佳 『翼 cry for the moon』

村山由佳の『翼 cry for the moon』(集英社)を読む。

tubasa

前半は何度も投げ出したくなった。なぜなら、夢も希望もない物語として開始された上、簡単に人が死ぬからである。私は登場人物が簡単に死ぬ作品が好きではないのだ。そのような展開は安易に感じられるのである。人間がいとも簡単に死ぬ時はある。戦争や争乱、あるいは災害や事故が起きた時だ。しかし、それ以外では人間はそう簡単に死なない。死なないし、死ねない。だから、人はどんなに辛く、苦しくても現実の中で生きなければならないのだ。物語の展開上、人の死が必要な場合もあろうが、そういう設定は現実的でないし、物語としての魅力に欠ける。

それはそれとして。

本作品の主人公真冬はニューヨークで暮らす日本人だ。父親の海外赴任のため、彼女は子供の頃ボストンで育った。しかし、その父はボストンで拳銃で頭を撃ち抜いて自殺する。彼女の母は父と仲違いしていたくせに父の死を目撃していた真冬を忌避し、虐待する。その虐待は言葉によるもので、真冬が人を不幸にすると言い続ける。実際に彼女の周りの人は不幸に陥るのである。真冬が子持ちのアメリカ人男性と結婚する時も母はその結婚を祝福しない。そして、母の予言通り、真冬が結婚式を挙げた1時間後、新郎は射殺されるのである。ここまででもう私はギブアップしそうだった。

しかし、その後がこの物語の主部なのである。結婚後わずか1時間で死んだ夫には前妻との間の連れ子がいた。真冬はその子とともに亡き夫の生家があるアリゾナに行くのである。そこで真冬は亡き夫の一族と過ごし、ネイティブ・アメリカンのナバホ族の風習に接する。その中で彼女は少しずつ生きる力を取り戻していくのである。

530ページを読み終わってみれば、作者の主張はおおよそ把握できる。前半で投げ出さなくて良かったとは思う。ただし、読書のカタルシスを得るにはやや物足りない。

(2015年11月7日)